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一日一文

1月2日『今日は__で笑った。』

(5Years Q&A Diary/二見書房 より)

 

同居人:さやちゃんの「ほら(食べよう)」で笑った!

宿泊者の人が持ってきてくれたおやつが、住人分あったんだけど、内二人は帰省中。

しかし賞味期限は今日まで。

さやちゃんの結論:食べてしまおう(笑)

「ちょwww」って笑ってる中、さやちゃんが「ほらほら」って(笑)

めっちゃ笑ったーーー

 

 

#今日はどんないいことあった?

 

少し疎遠になっていた、元住人の女の子とお話ができたこと。

背中で呼吸を感じられたこと。

白湯のあたたかさを内側から感じられたこと。

The Stageに向けた打ち合わせが楽しかったこと

2017年 行動指針

あけましておめでとうございます。

昨年は見守ってくれて、応援してくれて、ありがとうございました。

2017年、さらに飛躍していきます。

毎回、毎日新しい自分になります。

どうぞよろしくお願いします。

 

はてさて、毎日のことや、

何かに参加するときの指針宣言。

何かをするときに確認することを宣言。

よくばるよ!

 

・弱さ、恐れを相手に開く

・相手が自分であること、自分は相手であることの意識をもつ。

・すべての行動、活動がほかにつながっている意識をもつ。

・言葉を発する。言葉を選ぶ。

・自分がしてもらって嬉しいことを相手に試し続ける。

・何を感じて行きたいと思ったのか。

・何を得たいと思っているのか。

・今、自分がどこにいるのか。どこに行きたいのか。

・めんどうくさい、は置いておく。

 

 

「どっちに転ぼうが―――

 得られるものは かならずあるって話さね

 悩み続けて何もしないのが一番もったいないんだよ」

 

あまんちゅ!/第57話

 

2016年を振り返って、やっておけばよかった、ってことが多かった。

ほいなら、やってしまおうホトトギス!!です!!

『ちはやふる』語り

漫画語り

「ちがうんだ ちがうんだ

 負けたのは おれが弱いからなんだ

 弱いってことを 認められない

 自分だからなんだ」

 

「真島先輩… 先輩は

 自分になりたくてがんばってるんです……!」

 

「自分じゃなくなりたい

 でも、自分になりたい」

 

ヒョロ/『ちはやふる』第一〇八首

 

 

菫ちゃんの、「自分になりたくてがんばってるんです」は

太一がたどり着けなくてたどり着けなくてもがいていた答えだと思った。

太一の、かるたをやる理由って、千早だ。千早だった。

そして自分が思うよりも、新の「卑怯なやつやの」が太一をしばっている。

そうだ、太一は、自信がないんだ。努力の人。

テスト勉強だってかるただって、裏で努力を続けた人。決してそれを表に出さない人。

自分になにかが足りないと思っている。

それを探すために、かるたを続けている。

かるたはしんどい。続けることはしんどい。なにもないと思うことはしんどい。

しんどくてもしんどくても、続ける理由。

「逃げない奴になりたい」。

自分じゃない人になりたい。

でもなれないから。

胸を張れる自分になりたい。自分でいたい。

 

ヒョロくんも、同じだ。

弱い自分でいたくない。

けれども自分を奮い立たせて、かるたを続ける。

自信満々のふりして。虚勢を張って。

けれども奥底で、自分を知っている。認めたい。

だから、後々、後輩のために動くことができたんだよね。

優勝に導くことができたんだよね。

 

 

太一とヒョロ君の想いが入り混じるお話。

『ちはやふる』語り

漫画語り

「かるたなんて

 子供より大事なことー?」

 

猪熊遥/『ちはやふる』第一一三話

 

なんでだろう、ぐっとくる言葉。

駆りたてられるような、ことば。

 

自分の好きなことを突き進んでいる時に、

はっと我に返ることがある。んだと思う。

たぶん、好きなことに突き進むことが「当たり前」で。

その当たり前に則って、猪熊さんは、かるたの世界に帰ってきた。

育児と、かるたの両立が、「当たり前」。

その中で、我に返ったんだ。

「本当にそれでいいの?」って。

 

良い悪いではないの。ただの、確認。

選んだことを再認識するための、瞬間。

けれども現実は残酷で、責められてるように感じてしまう。

「子供をおいて」って。

悪い親だ、ごめんね、って。

 

そこにそっと、いてくれるだれか。

手を添えてくれるだれか。

泣いている時に、そっと背中や頭に、手を置いてくれるだれか。

「味方」でいてくれるだれか。

そういうやさしさに、涙が出たりも、する。

それが、つよさになったりも、する。

 

 

手を添えるだけ。寄り添うだけ。

つぶやき

AAA
 

私が創作活動をしていたのは、自分の感情を消化させるため。
昇華なのか消化なのか消火なのかはその都度都度なのだけれど。

 

小説では、日々の生活で思っていたことをつづっていたし、

イラストでは自分の感情を書き殴った。

 

それ以上でもそれ以下でもない。

不定期ではあるけれど、自分の思ったものを思うままに描いていく。

 

たぶん発散方法は人それぞれで、

音楽だったり踊りだったり彫刻だったりするわけだ。

その中で演劇、ことさら「台本芝居」というのは

そのジャンルに当てはまりづらいものな気がする。

私はその瞬間瞬間の何かを発散するために、絵やお話を書いているわけだ。

 

今その瞬間、その気持ちを叫びたいのか。その言葉を叫びたいのか。

 

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『ちはやふる』 語り

「だめですよ 千早ちゃん

 女たるもの

 雑巾がけしてるときも

 お布団干してるときも

 美しくないといけません

 

 もちろん戦うときも」

 

ちはやふる』/第十四首

 

 

誰かに見られていると思って行動する。

ファンをつくるつもりで行動する。

と、劇団の主宰:練悟さんに伝えてもらったことがある。

その時の私は、ピンときていなかった(ごめんね練悟さん!

 

でも、今ならわかるよ。

かなちゃんの言葉が、私にはあっていたってだけ。

いついかなるときも、美しくあれ。

『マダム・プティ』 語り

漫画語り

「何故共に…… 背負わせてくれなかった!

 昨日のように…… "手を貸せ"とたった一言

 お前は私に言うだけで良かった

 それだけで……私は

 何でも出来たのに」

 

マダム・プティ/第30話

 

 

巻き込みたくないという気持ちと、

巻き込んでほしいという気持ちが交錯する。

 

「どうして頼ってくれなかったのか」

「巻き込みたくなかったからだ」

優しさだとわかっていても、どうしてか、それが寂しくて切ない。

巻き込んでほしい。

頼ってほしい。

関わるなだなんて、言わないでほしい。

話しもしないで、決めないでほしい。

 

じゃあ、いざ相手がそれを選んだ時に、

それを恨むのかと言われたらそうではない。

ただ、心の内を打ち明け合いたいだけ。

打ち明け合ったうえで、それでもなお、相手がそれを選ぶのなら。

感情は溢れるかもしれない。

けれどもそれを受け止めることは、できる。と思う。

 

何も知らずに置いて行かれるのは、悲しくて寂しいのだ。